不要な薬で破壊される出産
たとえば子どもを医療被害で失った人が裁判に訴えるとき、たいていの場合、自分の子どもが遭った悲劇を教訓として医療が改善されることで、死んだ子の無念を晴らしたいという気持ちがある。
ところが日本では、一人の子どもが死んだくらいで医療が改善されることはほとんどない。同じような被害が何件も続き、何人もの人が死んで、やっと何らかの対策が施される。しかしその対策が小手先のものである場合も多く、実態に大きな変化のないまま、何十年間も同じ被害が漫然と繰り返され続けている例も少なくない。
これは被害者にとっては、自分の存在を否定されるにも等しい屈辱だ。
お産の際に使われる陣痛促進剤の被害は、その典型といえる。
◆100倍以上の個人差
陣痛促進剤は、出産の時に母体から分泌されるホルモンを化学合成したもの。薬の力で子宮を収縮させることから「子宮収縮剤」とも言われる。それを分娩誘発の目的で使う時には「分娩誘発剤」、陣痛促進の目的で使うときには「陣痛促進剤」と呼ばれるが、同じ薬に3つの呼び名がついていることがトラブルの元になることもある(後述)。
本来は、胎盤機能の悪化や微弱陣痛など医学的な必要で使われる薬だが、実態としては、おもに病院側の都合(人手の少ない休日・夜間の分娩を避けるため)で使われることが多い。そういった使用があまりにも一般化したため、日本で産まれる赤ちゃんを曜日別・時間別に集計してみると、平日の昼間に比べて、休日や夜間に産まれる赤ちゃんが少ないという現象が起きている。
陣痛促進剤(子宮収縮剤)はオキシトシン(点滴)とプロスタグランディン(点滴と錠剤)に大きく分けられるが、どちらも過強陣痛による胎児仮死・子宮破裂・頚管裂傷などの激烈な副作用がある。赤ちゃんが死亡または脳性マヒなどの重大な後遺症が残ったり、母親が大量出血で死亡する例が数多く報告されている。
この薬の特徴の一つに、患者によって感受性に100倍以上の差があることが知られている。つまり、ある人は1の量で効くのに、別の人は100の量でも効かないということが起こりうる。言うまでもなく慎重な投与と、投与後の厳重な監視が求められる。
市民グループ「陣痛促進剤による被害を考える会」ができたのが1988年2月。同会の代表・出元明美さんは15年間の訴えをこう語る。
「私たちが産婦人科医師たちにお願いしたいのは、使う前にきちんと説明してほしいということと、この薬が必要な患者に、薬の添付文書に書いてある正しい方法で使ってくださいということ。それだけなんです」 テレビCMで聞き慣れた「使用上の注意を読んで正しくお使いください」というセリフだが、たったこれだけのことが専門家といわれる人たちにはできない。この点に、陣痛促進剤の問題が凝縮されているともいえる。
かといって、産む側の自衛にも限界がある。この薬の場合、あからさまに産婦をごまかして使われるパターンがいくつかあるからだ。
典型的な事例を見てみよう。
◆「子宮口をやわらかくする薬」
あなたの医者によって排卵検査は何ですか?
山下睦子さん(当時29歳)が、和歌山県の実家に近い公立病院で初めての出産に臨んだのは、2000年5月だった。
午後3時半ごろに自宅で破水してすぐ病院に向かい、そのまま入院することになったとき、主治医はこう言った。
「朝まで様子をみて陣痛がこないようなら、感染の危険があるので、朝から子宮口をやわらかくする薬を飲んで様子をみましょう。それで駄目なら点滴で陣痛を促進しましょう」
翌朝、主治医に「今はあんまり痛くないですが、10分くらいの間隔です」と言うと、主治医はこう言った。
「陣痛が微弱そうなので促進したほうがいいでしょう。これから飲んでいただく薬は一般的には陣痛促進剤と言われていますが、子宮口をやわらかくする薬です。経過をみて促進剤の点滴をしましょう。飲み薬は1時間に1錠で、最高6錠までです」
陣痛促進剤の危険性や重大な事故が多く起こっていることを知っていた山下さんは、その薬は陣痛促進剤なのか、それとも単に子宮口をやわらかくする薬なのかと疑問を感じ、病室に来た助産婦に、「これは陣痛促進剤ですか」と尋ねた。すると、こんな答えが返ってきた。
「促進剤のうちには入りません。弱いものですから絶対服用してください」
山下さんはその説明で「これは陣痛促進剤じゃないんだ」と思い、服用し始めた。
この錠剤は、もっともよく使われる子宮収縮剤・プロスタルモンE錠(プロスタグランディン製剤、小野薬品)だ。たしかに「子宮口をやわらかくする」作用もあるが、それだけを意図的に強調することで、強制的に陣痛を誘発・促進する薬ではないかのような錯覚を産婦に起こさせている。「被害を考える会」の出元さんによると、
「子宮口をやわらかくする薬です、という説明で使われている人が一番多い。『私は陣痛促進剤は使われなかった』という人でも、よく話を聞くと『でも子宮口をやわらかくする錠剤は飲んだけど』だったりします」
ちなみに、この薬の添付文書の「使用上の注意」には、「警告」としてこう書かれている。
「過強陣痛や強直性子宮収縮により、胎児仮死、子宮破裂、剄管裂傷、羊水塞栓等が起こることがあり、母体あるいは児が重篤な転帰に至った症例が報告されている」
◆いいかげんな分娩監視
山下さんが1時間ごとに4錠目まで服用すると、陣痛が急に強くなった。呼吸法で陣痛を逃すのに必死で、大部屋のため「痛い!」と叫ぶこともできず、口にタオルを当て、病室の皆に聞こえないように声を押し殺した。
午後12時過ぎに病室に来た助産婦は、お腹に手を当てて、「まだまだだね。もっと痛くなるよ」と言ってドプラーで胎児心拍を数秒間確認し、5錠目を手渡した。が、そのときの4〜5分のやりとりの間に強い陣痛が2度も来る様子を見て、こう言った。
「ちょっとしんどそうやね。薬を続けるかどうか先生に聞いてみるからね。薬は飲んでおいてね」
その助産婦の指示で 時に診察室へ行き、主治医の内診を受けたところ、主治医はこう言った。
「子宮口は3cm開いてるね」
山下さんは驚いた。2分間隔の陣痛がきているのに、子宮口がまだ3cmしか開いてない――前日のマタニティクラスで聞いたのとはまったく違っていた。さらに主治医は言った。
「まだまだ有効な陣痛ではないからね。子宮口をやわらかくするために最後の6錠目を飲みましょう」
病室に戻った山下さんは主治医の説明を信じ、6錠目を服用した。すると陣痛はますます激しくなり、間隔が2分から1分30秒まで短くなった。痛くて叫びたくなったが、助産婦や主治医から「まだまだ」と言われていたため、やはり口をタオルで押さえて、声を殺しながら耐えるしかなかった。
それも限界に達してナースコールを押そうとしたとき、インターフォンで「分娩監視装置を装着するので15時に陣痛室にくるように」と連絡があった。
必死で陣痛室に行き、ベッドで分娩監視装置を装着したが、胎児心拍がうまくとれない。「ドドッ。ドドッ。ドドッ」と、とぎれとぎれの子どもの心音が聞こえてくるだけだった。やっと緊急事態を察した助産婦が主治医を呼びに行き、間もなく主治医が来て酸素投与がなされ、内診をしたが、子宮口はほとんど変わらず4cmしか開いていなかった。
主治医は「赤ちゃんがしんどがってるので緊急に帝王切開します」と言い、しばらくして山下さんは手術室に連れて行かれた。しかし取り出された赤ちゃんは重症の新生児仮死だった。蘇生措置に反応があったが、そのまま亡くなってしまった。
◆「みんなに使っているから」
幼児は、静かに座ることができます
山下さんの場合、2錠目を服用した後に装着した分娩監視装置の記録では、すでに2〜3分間隔で陣痛が起こっていた。にもかかわらず6錠目まで服用したために、まだ子宮口が開いていない状態のまま過強陣痛が起こり、異常に収縮した子宮が胎児を締め上げることになったと考えられる。
また、この薬の添付文書の「警告」欄には、こうも書かれてある。
「本剤は点滴・注射剤に比べ調節性に欠けるので、分娩監視装置等を用いて胎児の心音、子宮収縮の状態を十分に監視できる状態で使用すること」
しかし山下さんに分娩監視装置が使われたのは、2錠目を服用したあと20分間ほどだけだった。他は助産婦が何度かドプラーで数秒間、胎児心音を聞いただけ。しかも6錠目のあとは約2時間まったく監視がなかった。これでは胎児の危機を見逃すのも無理はない。
お産の後、説明を求める山下さんに対し、主治医は「原因がわからない」というばかりだった。助産婦たちに聞くと、こういう答えだった。
「今まで、皆に同じようにルーチンで行ってたこと。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかった」
「皆に同じことをやってるけれども、何もないから、薬のせいじゃない」
皆にルーチンで使っている――すなわちこの病院では、この危険な薬が医学的な必要から使われているのではないことがわかる。 なぜそんな大事なことを事前に言ってくれないのだろう。
山下さんは入院前日に、この病院が開くマタニティクラスに参加していた。そこでは助産婦がこう言っていた。
「陣痛の強さの感じ方は、人によって違います。強さが5だとすると、7くらい痛いという人もいますし、2くらいの痛みしか感じない人もいますので、陣痛をちゃんと見ながら、安心して分娩してもらえるように努力をしています」
これは騙しではないのだろうか。
◆予定日を10日過ぎて
山下さんは「破水した」という理由でこの薬を使われたが、「予定日超過」という理由で使われる人も多い。
近所で開業している産婦人科医院にかかっていた池田さんは、2000年10月30日が予定日だった。
予定日を過ぎても子宮口が硬く閉じていたことから、11月2日と6日の検診でマイリス(子宮頚管熟化剤)を静脈注射された。しかし、まったく効き目は見られなかった。
11月6日のとき、院長に、
「あと2日待っても陣痛がおきなかったら、9日の朝に入院して促進剤をうって陣痛をおこさせましょう」
と言われた。陣痛促進剤についての説明はまったくなく、本人の同意を求めるというふうでもなく、「当然の如くに」言われたという。
陣痛の兆しもなく9日に入院すると、内診やエコー検査も一切ないまま、分娩監視装置を着けられて午前9時45分ころから陣痛促進剤を点滴投与された。
池田さんは、別の病院で長男を分娩したときにも陣痛促進剤を点滴投与された経験があった。その時は、分娩台に上がってお産の後半になってからも微弱陣痛だったため、陣痛を促進するために使用された。点滴は、落ちているのかいないのかがわらないくらいゆっくりとした速度で、しかも助産婦が終始そばについていて、慎重だなと感じた。
それに対し、今回は点滴の速度がポタポタと異様に速かったため不安を感じた。 そして点滴開始からまもなく、いきなり2分間隔くらいの陣痛がやってきた。陣痛促進剤の点滴速度を間違えているのではないかと感じた池田さんは、そばにいた助産婦に、
「いきなり2分間隔の陣痛なんておかしくないですか?」
と尋ねた。しかし助産婦は、
「ふーん、2分間隔ねぇ……」
とつぶやくだけで、何も答えてくれない。どんどん強くなっていく痛みをひたすら呼吸法で逃す努力をした。
◆「助けて!」
胸が摂食時に何を食べないように
午後0時30分ころ破水し、助産婦に内診されたが、子宮口はまだ2〜3cmしか開いていないとのことだった。その間も1〜2分間隔の、不自然で強い陣痛に必死に耐えていた。
午後3時頃、子宮口が4〜5cm開いたので分娩台に上がったが、強いいきみの波が絶えず押し寄せてくるので、どうしてもいきみを逃すことができない。赤ちゃんの頭はまだ高い位置にあり、子宮口も全開していないにもかかわらず、助産婦は「いきんで」と言った。池田さんは全身の力を振り絞って何十回もいきんだが、赤ちゃんの頭は出てこない。この頃、初めて院長が来て内診しましたが、「まだ時間がかかりそうだなあ」などとつぶやき、すぐにいなくなった。
池田さんはこのとき、あまりに強いいきみのために体中の筋肉が硬直し、何度も気絶しそうになるのをこらえるのが精一杯だった。
午後3時30分頃、体力の限界を感じ、助産婦に、
「もうこれ以上耐えられません。先生に帝王切開にしてくれるように頼んでください。お願いします」
と訴えた。しかし助産婦は笑って受け流すばかり。
午後4時頃、院長が来て再度内診した。赤ちゃんの頭はまだ高い位置にあったらしく、池田さんは直接、院長に対して帝王切開を頼んだ。しかし、院長は笑いながら、
「経産婦だから楽なはず。がんばりなさい」
と言うだけだった。
午後4時30分頃、お腹全体がパンパンに張り、それまでの陣痛とはまったく違う、割れるような激痛が走った。子宮が破裂した瞬間だった。
引き戸1枚を隔てた所で待機していた夫は、そのとき池田さんが、
「痛い。助けて」
と悲鳴をあげたのを聞いている。
その後、緊急帝王切開の手術が行われた。子宮破裂による出血がひどかったために失血死のおそれがあるということで、子宮を摘出することになり、手術は2時間近くに及んだ。そのため麻酔が途中で切れて、あまりの痛さに池田さんは子どものように泣きじゃくった。まさに地獄だった。
取り出された赤ちゃんは、すでに息絶えていた。手術後、夫と義母は院長から、
「奥さんは今晩と明日が山です」
と言われている。池田さんは大量輸血ののち他の病院へ転送されたが、幸い容態の急変がなく一命はとりとめた。が、出血のために貧血がひどく、現在もめまいや疲労感に苛まれているという。
「でも私にとって何よりつらいのは、大切な小さな生命を失ったこと、さらには子宮を全部摘出されたことで、もう子どもを作ることが不可能な体になってしまったことです」
その後、説明を求める家族らに対し、院長はこう言い放ったという。
「納得してもらえなければ、弁護士を通してもらって、裁判でもしてください。私が悪かったとなれば、それだけの金額は支払います」
◆「違います。誘発剤です」
初めてのお産のときに、やはり予定日超過を理由に子宮収縮剤を使われた浜田有美さん(仮名)は、不幸にしてそのままこの世を去ってしまった。そのため、付き添いの夫と母親が見た範囲でしか状況がわからない。
自宅に近い県立K病院を受診していた有美さんは、予定日を約1週間過ぎたからという理由で入院を指示された。病室に入ってすぐ、「1時間おきに1個」と錠剤を6つ渡された。何の薬かという説明はなかった。何錠か服用した後、「もう飲まなくていい」と言われ、何錠か残して止めている。
翌日(金)、お昼頃から点滴が開始された。看護婦が何の説明もしないまま点滴を始めたので、付き添いの母親が「促進剤ですか」と聞くと、看護婦はこう答えたという。
「違います。誘発剤です」
点滴が終わっても陣痛もなく、児も降りていないとのことで、看護婦から「あとは自然に痛みが来るのを待ちましょう」と言われた。
同日夜10時頃、痛みが来たので分娩予備室に移動すると、また点滴が始められた。やはり説明はない。看護婦は、
「こんなに子宮が固い人は見たことがない」
と言いながら処置したという。付き添いの母親が尋ねると、子宮があまりにも固いので柔らかくする薬だ、とのことだった。
それから夜通し、有美さんは分娩予備室で「陣痛」らしき痛みを味わったが、付き添った母親は、「陣痛にしては間隔がない痛みを訴えるのは変だな」と思ったという。
◆苦しみを誰も看てくれない
翌朝、いったん痛みが薄らいだので病室に戻された。この時、看護婦が「夕べ8cmまで開いた子宮が3cmに戻った」と言った。
しかし夜になると、有美さんの痛がりようは尋常ではなくなった。とても我慢強いはずの有美さんが狂わんばかりに痛がり、起き上がって母親の腰にしがみつき、絡みつき、母親の手を引きちぎりそうなくらいの力で握って、
「助けて。切開して」
と言う。その状態がまったく休みなく続いた。
母親と夫はナースコールで看護婦に説明し、こんなことは聞いたことがない、と訴えたが、
「帝王切開をするにしても、土曜日の夜で、何か起きた時には人手不足だし、それに初産なので3日も4日も病む人もいるんですよ」
とそっけない返事が返ってきただけ。医師も助産婦も看護婦も、誰も看に来てくれなかった。
翌日(日)の昼過ぎ、母親と夫が看護婦詰所に行き、私服姿の担当医を見つけて有美さんの異常な痛みを訴えた。担当医は、
「陣痛が強くても児頭が下がらない場合は破水をしてみて児頭が下がることもあるので、それをやってみる。1時間くらい様子を見て、どうしても下がらない時は帝王切開をします」
と言った。
結局、有美さんは午後6時頃、手術室に入れられた。
有美さんが入院してから手術室に入るまでの3日間、医師が有美さんを診察するのを母親は1度しか見ず、交替で付き添っていた夫は1度も見ていない。助産婦(らしき人)は何度か内診に来たが、子どもの心音を聴いていたような記憶はないという。
病室では一度も分娩監視装置を着けられず、分娩予備室に入った時だけ着けられたが、誰がどこで観察していたのかはわからないという。
翌日(月)の朝3時頃、有美さんは病室に戻ってきた。手が冷たく、意識もない。ものすごい数の点滴や酸素吸入器などがついていた。
担当医は、「弛緩出血」「子宮摘出」「DIC(播種性血管内凝固症候群)」と経過を説明した。
有美さんはその日の午後8時36分、亡くなった。
のちに説明を求めた家族に対して、担当医はこう言った。
「手術中に不幸にも心不全が起きてしまった」
陣痛促進剤については、こう説明したという。
「それなりに効果があった。昔は42週、今は40週、当院では41週になると人工的に促進剤を使う。マスコミでは騒いでいるが必要な措置だ。当院は、陣痛促進剤を使いながらも自然分娩にもっていく。私は自然分娩が最もリスクが少ないと確信しているからだ」
入院中ずっと有美さんに付き添ってきた母親は、「被害を考える会」の出元さんに宛てた手紙に、こう綴っている。
「外来診察で子宮口の柔らかさ、産み頃というものが担当医にはなぜわからなかったのでしょうか。また児頭が下がってきてもいないのにどうして無理やり出産させようとしたのか理解に苦しみます。
そもそも予定日はあくまで1つの目安に過ぎないと聞いています。それまでの経過はまったく順調で、しかも胎児もそれほど大きくなっていませんでした。予定日近くの検診で2600グラム台と聞き、まだそれくらいしかないのと驚いたほどでした。なぜ無理やり産ませようとして薬まで使うのでしょうか。もう少し違った方法があったのではないでしょうか」
◆このパターンから逃れるには
3人の被害例には、いくつかの共通点がある。
まず、子宮収縮剤の使用に際して、ひとりひとりの胎児の状態や陣痛の強さなどを医学的にとらえようとせず、「予定日を過ぎたから」「子宮口が何センチだから」といった杓子定規な理由で安易に使っていること。
そして、薬についてきちんと本人に説明せず、「子宮口を柔らかくする薬です」「促進剤ではありません」といった、限りなく騙しに近い説明しかしていないこと。
さらに投与中の監視がまったく不十分で、いくら本人や家族が「おかしい」と言っても取り合ってくれないこと、などだ。
「陣痛促進剤による被害を考える会」は過去15年間にわたって、地道な活動を続けてきた。延べ30回以上も厚生労働省と交渉し、薬の添付文書を何度も改訂させ、被害の実態調査も不十分ながらも行われるようになった。市民に向けたシンポジウムなども定期的に開催し、この問題がマスコミにもたびたび取り上げられてきた。運動の成果は少しずつ実っている。
しかしその反面、被害者らの切実な気持ちをあざ笑うかのように、同じような被害が今も相変わらず起こり続けている。休日・夜間に産まれる赤ちゃんが少ない、いびつなグラフも毎年そのままだ。
そして被害者らが裁判に訴えても、例によって医者どうしがかばい合う鑑定書によって、勝訴率は上がっていない。
同会代表の出元さんは、産む側の自衛の必要性を語る。
「安全なお産のためには、疑問に思うことは事前に医療側にどんどん聞いておくことがまず重要です。それをうるさがるような病院は避けるほうがよいでしょう。陣痛促進剤を使う場合は初めから分娩監視装置を装着してもらえるか、点滴にはインフュージョンポンプを使ってもらえるかなどを確認し、分娩中も監視装置のデジタル数字で胎児の心拍数を常に把握しておくことなどが必要です」
私たちは、自分の知識では判断できないと感じ、専門家の力を借りたいと思ったときに、医療機関を訪れる。ところがその場所で、しかも「おめでた」の場面ですら、不必要な薬をずさんに使われ、ときには命さえ奪われるという低次元な医療被害の緊張から逃れることはできない。素人の乏しい知識で「自衛」を考えなければならない。
この状況が15年間も改善されない現実を前にして、日本の産科医療の根本的な「狂い」を感じないわけにはいかない。
※小社刊『陣痛促進剤あなたはどうする』では、ここで紹介した被害例も含めて最新のデータをまとめ、どんなときに使うべきか使うべきでないか、産科医療の実態、安全なお産のための最低限の知識などを、これからお産する人にもわかりやすくまとめています。
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